お付き合いのある、社寺建築専門工務店さんの、お寺の棟上げに参加してきました!

1148743_10205959602285376_4257964917936318295_n

お付き合いのある、社寺建築専門工務店さんの、お寺の棟上げに参加してきました!
夏に工場で柱梁などの加工や、彫刻を見せて頂いた構造や設計図が実際に立ち上がっていました!!

やはりお寺の棟上げは迫力があります。

そして、美しい、かっこいい、、、!!

1555311_10205959602765388_8111737011629817875_n

いつも棟梁や大工さん、監督、社長にはお会いする度、色々なお話をお聞かせ頂き、勉強させて頂いています。

1621952_10205959602925392_4965685019420191030_n

彼らが社寺建築で最も重要視している事は、長く持つ丈夫な構造。
200年、300年後の姿を常に考えながら設計、施工しています。それは、200年、300年前の建物を改修してきた経験、京都の社寺建築の勉強研究をしてきた経験、神戸の震災で被害を受けた社寺建築を見てきた経験によるもの。

10169182_10205959603165398_143396014206063407_n

住宅建築では、構造も用途も違うため同様にはいきませんが、抑えるべきポイントはやはり似ています。
構造、雨仕舞い、材料。
今日も新しい学びを頂きました。

普段でんホームで参加するお餅まきと違い、心置きなくお餅拾いに参戦!!こんなに拾ったのは何年振りだろうか、、、と思うくらい沢山拾わさせて頂きました!人生で初!の四方餅も頂きました(^-^)/

12400696_10205959603445405_5744435708393564372_n

竣工までまだこれからですが、
まずは、おめでとうございます!
そしてありがとうございます。

木配りに立ち会いました。

11日は、朝倉市杷木にある杉岡製材所にて「木配り」に立ち会ってきました。

「木配り」とは、使う構造材をどこに使うのか、化粧材をどういう向きで魅せるのか、、それらを、加工前の製材の段階で決める事です。

最近は、柱や梁を見せないような、「大壁(おおかべ)」という仕上げにする住宅が多いです。
ですので、構造材である、柱や梁を壁や天井の内側に隠れてしまいます。
大壁の良いところは、壁や天井が面になるので、「すっきり」します。
また、隠れてしまうので、構造材の荒がわかりません。施工も楽です。
市街地などでは、法的な制限などもクリアしやすい事が多いです。

今回、でんホーム鳥飼プロジェクトでは、柱や梁を一部見せる「真壁(しんかべ)」といわれるつくりで設計しています。こういった構造材を表に見せる事を「梁あらわし」というように「あらわす」と表現します。

真壁の良いところは、何と言っても、構造材が見える安心感というところ。
また、1間や半間(1間は約1820mm、半間は910mmです。)ピッチで柱が入る事によるリズム感が生まれる事でしょうか。
木造なので、木が好きな人にとっては、木の現れる木目を見るのも楽しみのひとつです。また、だんだん飴色になっていく様も味わいと愛着がわくことでしょう。

ただ、構造自体が化粧材(表に見える材料のこと)なので、施工に大変気を使います。
通常はそのまま搬入される材料も、一本一本紙での養生をされて搬入されますし、
仕上げも、通常仕上げから化粧用の仕上げです。また、サッシや建具などの開口部との取り合いも意識しますので、ひと手間もふた手間も増えます。
また、見えるからこそ、材料には、強度等だけではなく見た目も重要視されることになります。
結果、材料費・施工費等々は大壁で作る場合に比べかなり割高になってきます。

このように、大壁も真壁もそれぞれ一長一短あります。

それぞれの、住まいづくりの方針と家族の状況により選択していくポイントのひとつかもしれません。(そもそも大壁・真壁の選択ができるところも少ないかもしれませんが…。)
最近の木造住宅では、ほとんど(おそらく8割以上)が大壁。真壁で作るところがあるとしても和室のみ、もしくは、天井の一部梁あらわし、というところが多いです。
今回は、木の良さを活かすという意味で真壁を採用しましたが、いろいろな選択肢があるという事を知っておいて損はないと思います。

さて、このたびは化粧材(表に見えてくる柱や梁の事)の番付に立ち会いました。
番付とは、それぞれの材の位置や方向を示す事です。
柱も梁も通常4面ありますが、どの面をどの方向で魅せるか、、という事です。
1本の丸太から切り出して製材するため、面によって、また切り出し方により、見える模様が違います。柾目だったり、板目だったり、多少の節が入っていたり、、、。

それぞれの製材の表や裏の木の表情を見ながら、その配置を決めていきます。
配置を決めて、「番付」をしていきます。
通常、平面図上のX方向の「いろはに、、、」とY方向の「1234,,」でおよその場所を示します。

柱、梁、一本も結構な重さがあります。
たとえば、8寸(約24cm)の梁で40~50kgあります。
それを一本づつ並べながら、ひっくり返しながら、見える面を見ていきます。

その作業の間、結構な重労働です。

ちなみに、今回お世話になっている、杉岡製材所の杉岡世邦専務は西日本新聞でコラムを連載中です。記事のタイトルは、『住まいのモノサシ』です。

いろいろな造詣に富んだお話を毎回執筆していらっしゃいます。

ちなみに、かつての朝倉市近辺の製材所は47件ほどあったそうですが、現在では7か所にまで減ってしまったそうです。

私も身近に林業をしていた人が、跡継ぎがなく辞めてしまい、さみしい思いをしました。
人の手が必要なところ(人件費がかかるところ)、国内で需要が少なくなってしまった産業、、建設業界にはそういう部分がたくさんありますが、そのことは一般の消費者にとっては、身近に感じにくくなってると思います。
私がいろいろな情報や関わる方々の表情をこうして発信することで、少しでも興味を持つような方が増えてくださればと思っています。

何十年と歴史を重ねてきた、一本一本の木の表情は何とも言えませんよね。
きっと住まう家族を静かに見守りつつ、元気とパワーをくれることと思っています。

■追記(2014.11.09)
このとき、木配りしました木材をふんだんに使いました「でんホーム鳥飼ゲストハウス」が完成しまして、もう1年以上も経ちました。時が経って、改めて風合いがまして、素晴らしいなと思っています。

ご興味ございましたら、お気軽にご連絡くださいませ!
内覧できますよー!

でんホームへのお問い合わせフォーム

私の考える「家族」とは。

でんホームでは、幸せな家族のための住まい、という基本的な考え方があります。

でんホームの経営理念である、「明るい未来を創ろう」
幸せな家族が増える事で明るい未来を創る事ができる、と考えています。

住まいと家族は深い関係にあると考えています。

私は、いろいろな経験をする上で、
幸せな家族とはどういう事なのか、
家族にとって良い住まいはどういう住まいなのか
日々考えながら過ごしています。

今日は家族について私の考える事を述べます。

家族とは、何でしょう?

もちろん、
子どもの頃に歌った、こいのぼりの歌のように、
お父さん、お母さん、こどもたち。

ひとりひとりが家族です。

ですが、本当にそうでしょうか?

家族とは、「家」と「族」と書きます。

つまり、同じ家に住んでいる人たちが「家族」だというわけです。

一般的には血が繋がっていれば、家族、です。

しかし、私は一緒に暮らす人、生活を共にする人が家族、だと考えます。
共に過ごす時間が長いという単位です。

身近な例は「夫婦」です。
2人は血が繋がっているわけではありません。
けれど、一緒に暮らし、生活を共にする人であり、家族です。

そして、最近では、「ペット」もそうでしょう。
犬や猫、うさぎや鳥などのペットは、もはや家庭にとって大切な家族です。

逆はどうでしょう?
最近、「家庭内別居」という言葉を良く聞きます。
まさに、家の中で別居し、生活は別にしている状態です。

実は、現代は100年ほど前に比べると、
家族で過ごす時間は圧倒的に少なくなっています。

これは、
両親が外に働きに出るのが当たり前になった事、
子どもも外に勉強しにいくようになったのが当たり前になった事
によります。

以前は、士農工商の士以外はほとんど自宅近辺で仕事をしていました。
子どもも、親の仕事を継ぐ事が勉強でしたから、親について勉強しましたし、
それ以外の勉強も近所に集まるか、ほんの短い時間でしていました。

しかも、寝る部屋、ごはんを食べる部屋、勉強する部屋などの区別はほとんどなく、
ほぼ24時間かなり近い距離に家族が生活しており、
プライバシーなどもほぼ無かったと考えられます。

ところで、日本では、プライバシーの垣根が家族単位だ、という話を聞いたことがあります。
欧米では、たとえ子どもであっても、個人の尊重をします。

それは、家のつくりにも現れています。
それぞれの機能に分かれた部屋、個室のある欧米。
同じ空間を道具や設え(しつらえ)などの工夫でいろいろに利用していたという日本の知恵。
ふすまなどで仕切ったり、オープンにして使える分、音や気配などが伝わる日本。

どちらが良くてどちらが悪いという話ではありませんが、
考え方のひとつです。

話を元に戻しますが、
家族で過ごす時間が短くなっている事に関して、
何か問題はあるのでしょうか?

私は、明るい未来を創るという観点からみても、
できるだけ、家族で過ごす時間は長い方が良いのではないかと考えています。

なぜか?

ある一定以上の時間のふれあいにより、継承されるものがあるからです。

長くなりそうですので、次回に続けます。